石田三成は生きていた!?上州に残る生存伝説を紐解く

石田三成は沼田の正行院にいた!?

本サイト「鶴翼の陣」名付けの親でもある御城印デザイナーの吉澤さんから、ある情報をいただきました。

「関ヶ原の戦いで敗れ、六条河原で斬首されたと言われる石田三成が、じつは生き延びていたかもしれない!!!」

確かに、生き延びていたという伝承が群馬県に残っているようです。
これは調べて頂かなければ!!
すごいことになってきました。

沼田市薄根村誌にある正行院というお寺に伝承があるとのことで、吉澤さんは調査に向かいます。
吉澤さんの当日の動きや、どのような流れで住職さんとお会いできたか、また住職さんとの会話等、写真も含めて「攻城団」さんに記事が載っていますので、「攻城団 吉澤さんの記事」をチェックしてください!!

石田三成もびっくり!!

上州に残る生存伝説はあなた次第

調査に行った吉澤さんは、記事の中でこう締めくくっています。

あくまで伝承であって誰にも真実なのか嘘なのかはわかりませんし、三成公が生きていたと言うつもりも全くございません。
ただ、もし関ヶ原の戦いの後に真田家を頼り上州で生きていたならロマンがある――真田昌幸と三成公の奥方は姉妹だったと言う話や正行院がある沼田は真田信之が治める地でもあり、信之と三成は現在でも手紙が残っているほどの仲だったと言われ個人的にはワクワクしております。

最後になりますが、あくまで薄根村誌や正行院に伝わる伝承を個人的に調べた内容であり、知識不足や通説などを無視した内容だったと思います。
何度も申し上げますが三成公が生きていたと言うつもりはございません。ただ、三成公の生存伝承が残っているのだと少しでも上州群馬に興味を持って頂ければ嬉しいです。

攻城団 吉澤さんの記事より一部抜粋

沼田市薄根村誌に行くなら沼田城跡へGO!

正行院は観光地ではございません。
この記事に興味を持って頂くことは嬉しいことですが、正行院さんにご迷惑となる行為はご遠慮くださいね。

それより、せっかく興味を持ってくださったなら、沼田城跡地へ訪れてみてください!!
正行院から車で5分程度です♪

沼田城は、天文元年(1532)に三浦系沼田氏12代万鬼斎顕泰が約3年の歳月を費やして築いたお城です。
当時は蔵内(倉内)城と称し、沼田市街地発祥のかなめで、当市の歴史の起点なんです。
それが明治になって版籍奉還し屋形も取り壊されました。
そして時を経て本丸・二の丸跡が、現在の沼田公園に変貌しました。

入場 無料
駐車場 正面駐車場(観光案内所側) 大型3台 普通53台
東駐車場(グラウンド側) 大型4台 普通25台
住所 〒378-0042 沼田市西倉内町594
アクセス
  •  自家用車
    関越自動車道 沼田I.C.から約8分(3.7km)
  •  公共交通機関
    バス:JR沼田駅から約3分「テラスぬまた・市役所前」下車 徒歩約10分(750m)
    徒歩:JR沼田駅から約15分(1.2km)

日曜日の午後に伺いましたが、犬の散歩をしている人や、お子様連れの家族で賑わっていました。
ウォーキングするには丁度よく、穏やかなひとときでした。

沼田城跡の茶屋では御城印も販売しています。
詳しい内容は下記記事にてまとめています。

沼田城跡アクセスマップ

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